Orver The Rainbow--後編2

後編 "Everything to lose"

Scene5.奪う者、奪われた者

 降り続いていた雨は、翌日の朝になってようやく上がった。
 雨をしのぐために潜っていた岩穴を抜け出し、ゆっくりとその男は歩き出した。
 森を抜け、街道へと出る。
 彼は、ゼファンの声を聞いた。或いはそれは、彼自身の生み出した妄想に過ぎないのかもしれないが、そんなことはどうでも良い。
 ゼファンが自らの目的を達成できるよう、人目を引きつけねば。
 彼は手近な村の村人を手当たり次第に殺すつもりだった。
 果たしてそれで本当にゼファンが目的を達成できるのかは大いに疑問だったが、彼の破綻しきった精神に、その事に気付く余裕などはなかった。
 ……が。
 彼はモーリス全土に手配された凶悪犯である。
 街道を歩くうちに、たちまち警邏中の兵士たちに取り囲まれる事となった。
「その格好……貴様、ジェイソン・エックスだな!?クルト村の一家殺人事件の犯人として、捕縛する!」
 ジェイソンの周囲を取り囲んだ兵士達が、一斉に抜刀した。
「……」
 ジェイソンは何も答えない。無言のまま、無造作に斧を一閃させた。
「ぐあぁっっ!」
 運悪く片腕を切り落とされた兵士が苦悶の叫びを上げる。
「き、貴様ッ!」
 兵士が次々と斬りかかるが、ジェイソンはあくまで無造作に斧を振り回し続ける。
 それは戦術も何もない、ただの力任せの攻撃であったが、構えも何もなく斧が振り下ろされる度に、兵士達の剣が、鎧が、耐えきれず砕けていく。
 倒れ伏し、苦悶の声を上げる一人に向かってジェイソンが斧を振り上げる。
「やめろぉぉぉぉぉっっ!!」
 一瞬早く、凄まじいスピードで飛来した人影がジェイソンを殴り飛ばした。
「……大丈夫か? ここは俺たちが食い止める。今のうちに負傷者を連れて、待避を」
「……かたじけない」
 部隊のリーダーらしい兵士は、二人の少年に深々と頭を下げた。
 幸いにして兵士達の中に死者は出ていないものの、腕を切り落とされた兵士の顔は蒼白で、危険な状態なのは明らかだった。
「……これでしばらくは耐えられるはずだ。早くちゃんとした治療を」
 その兵士に『イモータライズ』の魔法を施して、ルドゥファは止血剤や傷薬の入った袋を部隊長に手渡した。
 彼らが離れていくのを確認しながら、ルドゥファはジェイソンに向き直った。
「……お前には聞きたいことがある」
 その声音は、氷のような冷たさを孕んでいた。
「おいらも……今アタマに来てっから、手短にわかりやすく答えてくれよ。あの家の人たち、殺したのはおまえか……? なんであんなことした? ……答えによってはおいら、手加減、できなくなるぞ」
「……何故、あんな事を……何故……彼女だけ残した?」
 キバがジェイソンが一家を殺した事そのものに怒りを抱いているのとは違い、 何故あの家族の中でエリィだけを残したのか。ルドゥファはその事に怒りを抱いていた。
 残された者の痛みがどれほどのものかを、彼は知っている。
「……」
 ジェイソンは何も答えない。
 彼がエリィを殺さなかったのは、かつての彼が子供好きであったからだ。だからジェイソンは、無意識のうちにエリィを見逃したのだ。
 しかし、キバとルドゥファはそれを知る由もない。
「……だったら、どっちか選べ。ぶっ飛ばされてお縄につくか……お縄についてぶっ飛ばされるかっ!!」
 激昂するキバと裏腹に、ルドゥファは返答がないことを予測しておいたためか、冷静だった。
 ただ静かに、布を巻き付けて封じていた光剣を抜き放つ。
「……俺だって、死にたくはないさ。こんな方法にまで手を染めて死を遠ざけるしかなかった。だが、それでも……人を殺して自らの心の隙間を埋める貴様よりは余程マシな生き方だ!」
 冷たい殺意を漲らせて、ルドゥファは光剣を振るった。

×××

 戦闘は膠着状態に陥っていた。
 素早さを最大限に生かして間断なく攻め立てるキバの斬撃を、ジェイソンはことごとく斧の一撃で弾き返してしまう。
「くっ……なんてバカ力だ!」
 受け止めた一撃の重さに、刀を持つ手が痺れるほどの反動が伝わってくる。
 一方のルドゥファも、攻めあぐねていた。
 キバの動きが素早い為、迂闊に光剣を振るえばキバをも斬りつけてしまう危険がある。足止めや牽制にと用意した薬品類も、同様の理由で使えずにいる。
(このままでは不味いな……)
「うおりゃぁぁっ!」
 キバが殊更大振りな斬撃を放ち、ジェイソンとの間合いを大きく取った。
(このままじゃラチあかねぇし、ここはおいらに任せてくれないか?)
(……何を……)
 一瞬訝しげな表情を浮かべたルドゥファだったが、キバの真剣な表情を見て頷いた。
(……いいだろう、やってみろ)
 キバは大きく息を吸い込むと、額に貼られていた絆創膏を一気に引き剥がした。
「……う、うおぉぉぉぉっっっ!!」
 キバの顔が、腕が、狼のものへと変貌していく。
 冥界と死を司る神族の特有能力、『狂獣化』だ。
 自らの内の獣性を解放することによって、彼らは平時よりも遙かに優れた敏捷性と筋力を発揮することができる。
 そして更に、キバは額の絆創膏が「不要な力を封印するためのもの」と教えられていた(実際には只の絆創膏なのだが)。そのため、封印を解かれたという自己暗示によってキバは自身の限界以上の力を発揮した。
「魔性だとか何だとか……そんなのがどーした! 迷惑かける量が多くて謝らないのが悪いヤツ、助ける量が多いのがいいヤツ、それだけだろーがっ! ……だからおいらは」
 刀を構え直し、キバは真っ向からジェイソンに飛び込んだ。
「悪いお前を思い切りぶん殴って、あの子に謝らせてやるんだ!!」
 『心眼』で捉えた隙に『居合い抜き』を放つ。
 がきんっ!
 鈍い音と共に、ジェイソンの斧が砕け散る。
「エリィの、じっちゃんと父ちゃんと母ちゃんのぶんだ! 喰らっておけっ!」
 刀を捨てたキバの拳がジェイソンを真芯で捉えた。
 間髪入れずに動いたルドゥファが、『エナジードレイン』と『ヴァイタルドレイン』を叩き込み、ついに恐るべき殺人鬼はその動きを止めた。
 ジェイソンが倒れても、ルドゥファの表情は硬いままだった。
「やめろ!」
  握りしめた光剣を振り下ろそうとした、その手はキバに阻まれた。
「何故、止める?」
「確かにこいつは、悪ぃヤツだ。でも……殺したら、そこで終わりだ! こいつにはちゃんと、自分のしたことを悪かったって、思わせなくちゃダメだ! そうだろ?」
「……」
 沈黙の後で、ルドゥファは光剣を収めた。
 胸の内の憎悪が消えた訳ではない。それでも、エリィはきっと彼が自分の為に手を汚すことを望みはしないだろうという想いが、ルドゥファの手を止めた。
「……そうだな。こいつには生きて、生きている時間すべてをかけて罪を償わせなくては」
「……こんなこと、もう二度と起きなきゃいいのにな」
 こうして、モーリスを震撼させたもうひとつの殺人事件は幕を閉じた。

Scene6.Everything to love,Everything to lose

「貴様……裏切ったのかクラウス!!」
 ゼファンの首筋に短剣を突きつけたまま、クラウスは笑みを消した。
「裏切るも何も……僕はこの瞬間をずっと待っていたんだよ!」
「何だと……!?」
 驚愕するゼファンと同様に、ディシクリート達も思わぬ展開に戸惑っていた。
「ちょっと、これってどういうことなの!? 説明ぐらいしてくれてもいいんじゃない?」
「……そうだね。君たちには教えてあげてもいいかな……」
 ゼファンの首筋に当てた短剣に力を込めながら、クラウスが呟く。
 ゼファンの首筋に薄く血が滲んだ。
「……僕らの行動はこの男の言った通り、世界を砕くというレリクスの意思にに基づいていた。僕の役目はモーリスの世論を操作して、人々の負の感情を増幅することだった」
「ならば……ならば、何故魔性追放論に反対をしていたのですか?」
 フィールの問いに、クラウスは軽く首を振った。
「強固に反対していた僕が、魔性が犯人であるという証拠の前に持論を翻したらどうなると思う? 世論は一気に魔性追放に傾くだろう。より強く、不信を伴ってね。そこまでが、この男も知っている計画の内容さ……」
「でも何故キミは、レリクスに協力する?」
 憎悪を露わにして、クラウスは吐き出すように続けた。
「僕は歴史学者となって以来、神族にずっと不信を抱いていた。過去の歴史を知れば知るほど、その不信は強くなっていった。知っているかい? かつて世界が二つに分かたれていた時代、神は己の司るべき事象、役割を忘れ人間界を顧みもしなかった。挙げ句の果てに、虚竜の信奉者たちが神界に攻め入っても逃げ惑うばかりで、そのツケを地上にまでもたらした!」
 激昂するクラウスから、強烈な闇のヴァートが吹き上がる。
「やはり、あなたは妹さんを失ったショックで魔性に……」
「違うよ」
 片手でゼファンを拘束したまま、クラウスが呟く。
「あの日……レインシャボーがリバースした日……僕と妹のマリアンヌは死んだ。今の僕はレリクスの術によって仮初めの体を得ているに過ぎない、魔性以下の存在さ……」
 クラウスの腕に力が籠もり、ゼファンが苦悶の声を漏らした。
「許せなかった……。下らない選民思想に溺れレリクスの囁きに乗り、守るべき聖域をリバースさせたゼファンが! マリィを殺した、この男が!」
「で、でも今ここで族長を殺したら、あなたたちの計画はどうなるの?」
 自嘲気味な笑みを浮かべて、クラウスは笑った。
「魔性と化したゼファンは善良な市民に襲いかかり、抵抗した為にその場で切り伏せられた。その事実で神族と魔性に対する不信は募り、計画にはなんら支障はない。レリクスも承知している事さ」
「な…んだ……と」
「レリクスにとって、お前もただの手駒に過ぎないって事さ! 残念だったな!」
 一気にゼファンの喉を掻き切ろうとしたクラウスが目を見開いて、短剣を取り落とした。
 束縛から解放されたゼファンが、その場に崩れ落ちる。
「……マ……リィ……?」
 クラウスが見間違えた人影、それはジィコブと共に駆けつけてきたラウシュだった。
「……クラウス、あなたの絶望は僕が絶ってあげます! 《瞬殺》!」
 その一瞬の隙を突いて、フィールが光剣を振るった。
 立て続けに放たれた技がクラウスを吹き飛ばし、その体を路地裏の壁に叩き付けた。
「大丈夫です、僕が斬ったのはあなたの中の負の感情だけですから」
 フィールの放った必殺の一撃は、そこに組み込まれた《無傷斬》によってクラウスの体を傷つけてはいなかった。
 そのはず、だった。
「……何故……」
 にも関わらず、その一撃を受けたクラウスの体は徐々に霞んで、薄れ始めていた。
「……言っただろう。今の僕はアンチヴァートによって仮初めの体を得ているに過ぎないと。それを支えていたのは僕の憎悪だ。それが消えた今、もはや僕をこの世に留める拠はない……」
「そんな……」
 呆然とするフィールに、クラウスは憎悪の抜け落ちた顔で笑った。
「本当は……世界の事も、レリクスの意思もどうでも良かった。僕はただ……僕ら兄弟が幸せで居られたあの頃を取り戻したかっただけなんだ……。ゼファンを憎むことで、その空虚を埋めようとしていただけ……」
 薄れていくクラウスの手を、ラウシュがそっと握った。
「……マリィ?」
 もはや目も良く見えないらしい、その手を抱いてラウシュは呟く。
「……もう……苦しまないで」
「……ありがとう、マリィ……これで」
 それに続く言葉を紡ぐことなく、クラウスの体はヴァートの光となって四散した。
 微かな煌めきだけを残して。
「残念だが、あんまり呆けている訳にも行かねぇぞ」
 皆を現実に引き戻したのは、冷静なジェイコブの声だった。
「……クラウスの野郎、厄介な宿題残してくれやがって」
 いつもと変わらぬぶっきらぼうな口調だが、その背がどこか寂しげに見えたのは気のせいだったろうか。

Scene7.goodbye my gloomy days

 その日、彼女は朝からうきうきとしていた。
 少しずつ撒いた種がどう芽吹くのか。
 (彼らがどういう選択をするのか。とても楽しみだわ……)
 極上の微笑みを浮かべて、彼女は歩き出した。

×××

 討論会の会場は、モーリス議会の議事堂で行われることになっていた。書類や原稿を整理しながら、フィールはディシクリートやアルシアと最終の打ち合わせを行っていた。
「……何か、騒がしいですね」
 フィールが首を傾げた。
 開場のあちらこちらで、賛成派、反対派の参加者が口論になったり、険悪な雰囲気になっていた。
 誰かが不正を働いて相手側に寝返ろうとしている、だのオットーが何か根回しをしていたらしい、だのと言った声が聞こえてくる。
 中には、自分は何者かに命を狙われかけた、などと言い出す者もいた。
「皆さん、気が立ってらっしゃるみたいですわね」
 甲斐甲斐しく参加者たちに飲み物を配っていた、エリス・アルジェントがフィールたちにも微笑んで飲み物を差し出した。
 彼女は自ら望んで、会場での様々な雑用係を引き受けていた。
「なんか、様子が変だねぇ」
「そーね。喧嘩とか起きないといいんだけど……」
 背中でそのやりとりを聞きながら、こっそりとエリスは笑みを浮かべた。数々の噂を流したり、参加者たちに幻聴や幻覚で狙われているかもしれないという誤解を植え付けていたのは、他でもないエリス自身だった。
(人も神も、魔性も心の構造などたいして違いはしない……そんなことにすら気づけぬ愚かさもまた、人ゆえの愛しさだわ)
 オットーが入室して来ると、会場が一瞬ざわついた。
 その様子に、エリスの笑みが深くなる。
(教えてあげるわ……剥き出しのヒトの心というものを。あなたたちはそこに何を見出すかしら……?)

×××

 エリスの目論み通り、討論会は荒れ模様の展開となった。
 互いに対して疑心暗鬼を生じた両陣営は感情論のぶつけ合いとなり、一触即発の雰囲気が漂いだした。
 エリスがちらりとオットーを見やると、不機嫌そうな顔で腕組みをしていた。
(そろそろ頃合いかしら……)
 次の瞬間、会場が白煙に包まれた。エリスがテーブルの影に隠しておいた白煙球を使用したのだ。そして更に、《形象符》で呼び出された幻獣が混乱に拍車を掛けた。
(さぁ……このまま争うかしら?それとも、協力して事態を収拾できるかしら?)
 金霞冠で己の姿を隠して、エリスは彼らの選択を待った。
「慌てるな! 慌てれば犯人の思う壺だというのが判らんかっ!」
 怒声の主はオットーだった。その言葉に、パニックを起こしていた参加者と聴衆が静まる。
「ジャマしようってヤツ、やっぱり居たわねっ!」
 その間に、アルシアとディシクリート、フィールが素早く幻獣を倒して行く。倒された幻獣たちが符へと戻ると、白煙も収まっていた。
「みなさん、これはこの討論会を潰そうとする何者かの仕業です! どうか冷静になって下さい」
 会場が落ち着くのを待って、再びフィールは口を開いた。
「まずはこの事件の真相を、皆さんにお話します」

×××

 今回の犯人がレリクスに与する一派の犯行であったこと、犯人の中には魔性だけでなく普通の人間もいたこと、ゼファンがおそらくはレリクスに利用されて犯行に関わっていたこと、等が説明されると、会場はしんと静まりかえった。
 (クラウスの一件については、事実をそのまま公表した際の悪影響を憂慮して、犯人からフィール達を庇って亡くなった、という事になっている)
「確かに、今回の事件には魔性が関与していました。しかし人間全てが善人でないように、魔性全てが悪ではない以上、追放というのはあまりにも極論です。現に犯人の中には普通の人間もおり、事件の解決に尽力されたこちらのディシクリートさんは魔性なのです」
 フィールの言葉に、ディシクリートは一瞬なんともめんどくさそうな表情を浮かべた。
 (彼は実のところ、『10のうち1を見て、全部を悪と決めつけるような人々には別に受け入れてもらえなくて結構だよ』と思っていた。アルシアの手前、流石に口には出さなかったが)
 それに気付かず、フィールは続ける。
「もし、魔性を追放するというのなら、今後些細な悪事を働いた人間すべてをも、あなた方は追放しますか?」
 会場が静まりかえるなか、アルシアが言葉を継いだ。
「それと、アンチヴァートは悪しきだけの力じゃないわ。ヴァートもアンチヴァートもこの世界を支える力であることに違いはないもの。ヴァートによって誤った創造をしてしまった際、アンチヴァートの破壊の力は必要になるわ。だから魔性の存在そのものは悪ではないわ。むしろ、世界が変革を求めている証じゃないかしら?」
 アルシアの大胆な持論に、静まりかえっていた会場がざわつく。
「きっと、この世界そのものがより良き方向に変革を求めているのね。その為に魔性はいるのよ」
「魔性だからという思いこみで彼らを追放するのなら、本当の"悪"は先入観に基づいて物事を判断する心そのものであると思います。それは魔性というだけで冤罪を着せても良い、ということと同じですから」
 以上が僕たちの意見です、と持論を締めくくって、フィールは真正面からオットーを見つめた。
「……次は私の意見を述べされて貰う」
 相変わらず不機嫌そうな表情のまま、冷たい声でオットーが口を開いた。どう反論してくるか。フィールは息を飲んだ。が、次に出て来た言葉は意表を突いたものだった。
「私、オットー・アナハイムはモーリス議会への魔性追放論の提言を撤回する」
「……!?」
 賛成派、反対派、双方から驚愕の声が上がった。
 それを片手で制して、オットーは続けた。
「事件に関わった者には魔性・人間を問わず厳罰を以て当たらねばならない。が、事件の背景を考えるに当たり、黒幕であるレリクス一派の目的はこの国に混乱を巻き起こすことであり、みすみす彼等の思惑に乗るような真似はできぬ。私は一個人である以前にモーリスの官僚であり、この国の安定に努める事こそが、私の役目であるからだ」
 一旦言葉を切り、オットーは会場を見渡した。
「今我々に必要なのは、互いに不信を抱き合う事ではない。わだかまりを捨て、共に世界に破滅をもたらさんとする共通の敵に立ち向かうことであると私は考える。故に私は己の間違いを認め、ここに提言を撤回する」
 オットーの言葉が終わると、ぱらぱらと拍手が起きた。やがて、それは次第に大きなものへと変わっていく。
(良かった……)
 ほっと胸を撫で下ろすフィールは、ふと会場からエリスの姿が消えている事に気付いた。

×××

(そういう選択を、あなたたちは選びましたのね)
 当のエリスは微笑みを浮かべたまま、青空へ翼を広げた。
 元々彼女は、どちらに結論が転んでも構わなかったのだ。ただ、ぶつかり合う「きっかけ」を与えただけ。
(でも、まだまだ終わりではないわ。より大きな試練がきっとこの先にいくつもある。その時、ヒトはどこへ向かうのかしら……?)
 エリスはこの先も、人々と世界の行く末を見続けていくのだろう。
 そこに彼女の愛する世界が、ある限り。

Epilogue.Over the Rainbow

 モーリスを震撼させた二つの事件は、ひとまずその幕を下ろした。
 ゼファンの供述により、事件に与していた者の殆どは捕らえられたが、レリクス及び数名の行方は依然、杳として不明である。

 正気を取り戻しつつあるゼファンは、今は王都の病院で治療を受けている。一神族の長として、背負った罪は非常に重いが、魔性化に伴うショックやレリクスの教唆による影響の大きさなどもあり、寛大な処置が取られると見られている。
 (本来の彼は、多少狭窄気味な価値観を持つものの、戒律を重んじる非常に真面目な青年である)

 穏やかさを取り戻した王都で、アルシアと歩きながらディシクリートはオットーの言葉を思い出していた。
『私は魔性を許した訳ではない。だが、あの忌まわしいお喋りな男が事件の全容を私に教えてくれた。……弟の罪は、私の罪だ。私が弟の立場であっても、私は同じ事をしただろう。ならば、これ以上我々のような者を出さないことこそが私の贖罪であると、そう信じる』
 「なんかこう、いまひとつすっきりしない事件だったねぇ……」

 フィールは、ユミヤの訪問を受けていた。
「先日は、私の見解に誤りがあったようですわ」
 すこしそっぽを向きながら、ユミヤはそっけなく言った。
「人の上に立つ者として、少々視野が狭かったようです。以後気を付けますわ」
「そうですか、それは良かったです」
 笑みを浮かべたフィールに、ユミヤはびしっと指を突きつけた。
「ただし!私はこれで魔性を信用した訳ではありませんから、そこの所は誤解しないでいただきたいですわ」
 フィールの精神がユミヤにきちんと理解される日は、まだ遠いようだ。

 ラウシュはいま、"自分がしたいこと"を探す日々を送っている。
 軍に引き渡されたジェイソンは、裁きを待つ身だ。

 ジェイコブは相変わらず、訳の判らない健康法の実践に余念がないらしい。
 クルト村の少女エリィは、周囲の人々に支えられ、明るさを取り戻して来ている。はしゃぐ少女の隣には、キバとルドゥファの姿もあった。

世界を取り巻く争乱は、未だ収まる気配を見せてはいない。
 魔性が何のために存在し、世界はどこへ向かおうとしているのかも、判らない。
 それでも、休むことなく彼等は歩き続けるのだろう。
 幾多の悲しみも怒りも、絶望すら乗り越えて。

 そして何時の日か虹の彼方へと、辿り着くのかも、しれない。

×××

 薄暗い闇の中で、レリクスはきらきらと輝く水晶玉を見つめていた。
 やがて片手を振ると、水晶玉に映し出されていた光景がフェードアウトし、消えた。
 星の光のように、無数の小さな光が、彼女を暗闇のなかで浮かび上がらせていた。
「モーリスは、ちょっと失敗だったかしら」
 手にした深紅のバラを弄び、レリクスはひとりごちる。
「……でも、まだすべては始まったばかりなのよ。足掻いて、足掻いて精一杯私を楽しませてくれなくちゃ」
 くすくすと、愉快そうに笑う。
「……ねェ、そう思わない?レリア……」
 最後に笑うのは、誰かしらね。
 占うようにバラの花びらを一枚ずつむしりながら、レリクスは微笑んだ。

"Xnadu over the rainbow" Parallel Praivate Reaction "Over The Rainvow" is End.

キサナドゥの天秤 光>闇

■PC一覧
LD2049 ラウシュ・ファーナスティカ
 16歳/女/神魔 (約束と純粋を司る神族)/タロック: 運命/ヴァート: 緑
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LD2058 フィール・カスタム
 16歳/男/英雄/タロック: 愛/ヴァート: 藍
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LD2065 アルシア・スファルド
 16歳/女/神族(秩序と法を司る神族)/タロック: 愛/ヴァート: 青
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LD2077 ジェイソン・エックス
 33歳/男/魔将/タロック: 勇気/ヴァート: 藍
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LD2132 エリス・アルジェント
 28歳/女/神魔(秩序と法を司る神族)/タロック: 真実/ヴァート: 紫
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LD2158 ディシクリート・アヴォイツェン
 28歳/男/神魔(裏切りと破滅を司る神族)/タロック: 真実/ヴァート: 藍
-----------------------------------------------------
LD2159 キバ・クロガネ
 14歳/男/神族(冥界と死を司る神族)/タロック: 希望/ヴァート:赤
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LD2188 ルドゥファ・イルヴート
 17歳/男/英雄/タロック: 運命/ヴァート: 青

■NPC一覧
オットー・アナハイム(オリジナル)…モーリス官僚。魔性追放論の提言者。真実を知りました。28歳/男/【希望】
クラウス・アナハイム(オリジナル)…オットーの双子の弟。死んでると予想してた人いました?享年28歳/男/【愛】
ユミヤ・モーリス(D)…モーリス機動帝国第二皇女。やっぱ出番少なかった。17歳/女/【真実】
ジェイコブ・ザ・ギムレット(D)…健康オタクの魔性。出番が多いのは愛です。53歳/男/【運命】
ゼファン・エラノス(A,E)…秩序と法を司る神族の族長。本当は良い人……だと。20歳/男/【勇気】
エレノーラ・イェンデ(オリジナル)…クルト村の少女。構って貰えるとは意外でした。6歳/女/【希望】

■マスターより

 約二ヶ月ぶりですね。J担当の氷月です。
 なんとか完結させることが出来て、大変喜んでおります。あまりにも捏造が過ぎるので、最早オフィシャルに顔向けできない有様ですが、この際そんな些細なことは置いておいて頂けると嬉しいです。
 前編を書いていて、前後編できちんと収まるかと心配していたのですが、上手くアクションが噛み合ってくれたお陰で、なんとか収めることが出来ました。
 キサナドゥの天秤はほんの僅差ですが、光が優勢です。本来は闇優勢のまま終わると予想していたので意外でした。このシナリオは前後編共にカードアクションがなく(後編に一件ありましたが、条件に達していないので無効です。残念!)、シナリオの性質上綺麗なハッピーエンドではありませんが、この結果は皆さんのPC自身の手で掴み取った結果です。

 誰にも突っ込まれなかったのですが、シナリオタイトルはMOON CHILDの「Over The Rainbow」が元ネタでした。前後編のタイトルは同「Everything to love,Everything to lose」。実は各シーンのタイトルにも、いくつか曲名なんかが紛れてます(雑多なので判らないと思いますが)。

 私信を頂いた方々。大変励みになりました、ありがとうございます。個別にお返事はできそうにないので、この場を借りてお礼申し上げます。
 このプラリア企画を通して、皆さんにとっての「キサナドゥ」の楽しい思い出を増やすことができたのなら、これ以上嬉しいことはありません。拙い文章ではありましたが、最後まで楽しんでいただけたのなら幸いです。

 最後になりますが、企画発案者であり、全ての取り纏めをされた翁さま、暖かい励ましのお言葉を頂きました恒屋GM以下オフィシャルのマスターさま方にも最大限の感謝を。
 それでは、また何時か何処かでお会いできることを願って。
 ご参加頂きまして、ありがとうございました。