Orver The Rainbow--前編2

前編 "Everything to love,"

Scene3.Please tell me all about you

 モーリス王都、ある日の午後。
 クラウス・アナハイムはやや疲れた表情で家路を急いでいた。
 双子の兄であるオットー・アナハイムが魔性追放論を提言している影響もあり、何かと気苦労が絶えない最近であった。
「……あぁ、君も魔性のお客さん?」
 突然、人気のない路地裏から現れた少女にクラウスは特に驚いた様子もなく笑顔を向けた。
「……驚かない……のね……」
 当の少女であるラウシュ・ファーナスティカは、感情の籠もらない声で呟いた。
「僕は魔性の知り合いが多いからねぇ。どうしてもそういう気配には敏感になるんだよ。で、君はどんな用件?」
「わたし……気が付いたら魔性になってたから……何かわかるなら……知りたい」
「それじゃぁ、僕の家に来るかい?今日はお客さんが沢山だけれどね」
 こくり、と小さく頷いたラウシュに、クラウスは微笑んだ。

×××

「あらクラウス様、新しいお客様ですの?」
 クラウス宅の居間では、銀髪の美女が優雅にくつろいでいた。
「ええ、今そこで会いましてね。ラウシュさん、こちらは――」
「エリス・アルジェントと申しますの。よろしくお願いしますわね」
「……ラウシュ・ファーナスティカ……よろしく……」
 エリスは微笑むと、ラウシュの連れたマチュウに目を止めた。
「あら、かわいらしいマチュウね。お友達かしら?」
「……セルム……っていうの……」
 ラウシュに椅子を勧め、クラウスは本棚から幾冊かの本と、紐で綴じた紙の束を取り出した。テーブルの上に並べられたそれらは、あちこちに付箋が貼り付けられている。
「とりあえず、これを読めば今判っている事はね……大体飲み込めると思うんだけど。本当は僕がちゃんと教えてあげたいんだけど、生憎今日は先約が多くてね……」
 ちょこんと椅子に腰掛けたラウシュが、ぱらぱらとページをめくる。
(…………むずかしい……)
 少し眉間にしわを寄せながらもページを繰るラウシュを見やって、クラウスは部屋を見渡した。
 「エリスさん、ジェイコブさんは何処に行ったんですか」
 「ジェイコブ様でしたら、本を読んで首が痛くなったので運動してくる、と出ていかれましたわ」
 エリスがそう返した時、居間の扉が開いて長身の中年男が入って来た。ジェイコブ・レッダル――人呼んで『ジェイコブ・ザ・ギムレット』そして『最強の魔性』。
 魔性追放論が持ち上がっても、彼は相変わらず傍観を決め込んでいた。本人曰く『俺は口は立たねぇし、ややこしくなっても困るからよ』だそうだが。
「ふー、いい汗掻いたぜ。クラウス茶くれ」
「あぁ、どれにしますか?血糖値を下げる桑葉茶にでもしておきますか」
(こうしていると、とても『最強の魔性』になんて見えませんわね)
 気の抜けるようなやりとりを見ながら、エリスは心中で評した。
「それにしても、ジェイコブ様がクラウス様とお知り合いだとは思ってもみませんでしたわ」
「それはですねぇ」
 ジェイコブに茶を淹れながら、クラウスが答える。
「僕の職業は"歴史学者"ってなってるんですけど、本当は"歴史学者兼民俗学者"ってところなんですよ。研究を進めていくうちに東方やら古代やらの健康法とかにも詳しくなって」
「それでまぁ、俺と話が合ったって訳だな」
 茶を啜りながらジェイコブが続ける。
 相変わらずラウシュはクラウスの資料と格闘している。
 その様子を眺め、
(これ以上ここに居ても進展はなさそうですわね……そろそろ私も動くとしましょうかしら)
 エリスが腰を浮かしかけた時、ノックが新たな客の来訪を告げた。

×××

「うん、それはねぇ。正論だし、僕の言いたいこともまさにそれだ……が」
 新たな客はフィール・カスタムだった。
 彼は『魔性=悪ではない』という信念に基づいて、魔性追放論に反対していた。賛成派と反対派で公正な討論会を開き、その採決を民衆による投票で行おう、というのが彼の提案である。
 『魔性だからという思いこみで彼らを追放するのなら、本当の"悪"は事実の確認を怠った側にある。それは魔性というだけで冤罪を着せていいということと同じだから』
 という持論を携え、フィールはオットーとユミヤに討論会を提案しに行ったのだが……。
 オットーもユミヤも、けんもほろろといった反応だった。
 特にユミヤは、父親であるレクトール皇帝が魔性に襲撃されて負傷するという事件(確証はないが、大臣セグロの仕業だと皆信じている)後、更に魔性嫌いに拍車が掛かっているようだった。
『最低ですわ!やはり魔性など追放してしまうべきなのです!』
 目尻に涙を浮かべながら叫ぶユミヤの声がフィールの脳裏に蘇る。
「正論が必ずしも人心を掌握するとは限らない。残念ながら現状は、限りなく僕らに不利だ。行き場のない怒りや憎しみといった感情をぶつけるはけ口を、民衆は求めて居るからね」
「ですがそれでは、魔性がスケープゴートです!」
 思わず声を上げるフィールを、なだめながらクラウスが続ける。
「だから、だよ。逆を言えば明確な証拠があれば世論をひっくり返すこともできる」
 一旦言葉を切り、クラウスはフィールを見据えた。
「下手をすれば僕らが息の根を止められてしまうかもしれないけどね……行う価値はある賭けだと思うよ」
(大丈夫です、このぐらいで負けません……)
 身につけた赤いバンダナに触れ、フィールは思いを新たにした。
 そして、もっともな疑問を口にした。
「そういえば、どうしてオットーさんはあんなに魔性がお嫌いなんですか?」
 ふっとクラウスの表情が陰る。
「僕たちの妹はね、レインシャボーの施療院で働いていたんだ」
 それだけで、フィールは全てを悟った。
 レインシャボーがリバースした際、多くの犠牲者が出たという話はモーリスにも伝わって来ていた。そしてその犯人は、女神レリクスに与した魔性だったのだと……。
「討論会の準備は僕がしておこう。オットーの説得も任せてくれていいから」
「……あ、クラウスさ」
 ん、と続けようとして、フィールは首を傾げた。目の前で扉の外に出たはずのクラウスの姿がもう見えなかったからだ。
「……アンチヴァート……?」
 微かに残るアンチヴァートの気配に、フィールは更に首を傾げた。 

×××

(面白い展開になってきましたわ)
 その会話を聞きながら、エリスはうっすらと微笑を浮かべた。
(人という種が成長するいい機会ですもの……私もお手伝いしてさしあげなければね)
 エリスはこの世界と、そこに住む人々を限りなく愛している(多少変わった愛し方ではあるが)。
 思いを巡らすエリスの表情は、さながら慈母のようであった。

×××

『魔性とは何か』
 ラウシュは単純な興味のままにクラウスのレポートをめくっていた。
『魔性とは、生まれ持ったタロックがリバースした者を指す。
 その多くは以前の記憶を失い、時には性格の変貌などが見受けられる。
 かつて二度目の虚竜戦争の折、当時分かたれていた神界と人間界に、本来居るはずのない人間、あるいは神族が現れた。これが魔性であったと当時の記録に残されている。
 多くの魔性は記憶と感情を失い、闇の勢力に荷担して人と神の脅威となった。が、戦いが進むにつれ、記憶と感情を取り戻し闇の呪縛から解放された魔性もいたと言う。
 これから推測するに、現在確認されている魔性も、元に戻る可能性があるということだ』
『またかつての魔性は、記憶と感情を引き替えに、渡ることのできなかったはずの世界を越えた者達であったという事が伺える。
 ならば、現在の魔性は一体記憶と引き替えに何を得たのであろうか。
 渡るべき世界はもはや無い。
 だとすれば、彼らは何らかの真実を体現しているのではないだろうか』
 そこまで読み終えて、ラウシュは額のサークレットに触れた。何故大切なのかすら判らない、けれどとても大切なもの。
「わたしは……何を……手に入れた……の?」

Scene4.白い影

「はぁいはぁーいっ☆よい子のみんな、良かったら見てってね~♪」
 王都の大通りに面した広場で、一人の少女が道行く子供連れに声をかけていた。
 彼女がくるくると動く度に、頭の大きな黄色いリボンが揺れている。
「え~。こちらにおりますはかの名門スファルド家の一門にして、伝説のギャンブラーの孫娘! 人形遣いのアルシア・スファルドでございまぁす。稀代の人形師直伝の妙技を、何方様もとくとご覧くださいませぇー」
 アルシアの後ろで口上を述べているのは、連れのディシクリート・アヴォイツェン。
(どーよ、こんなんでいいのぉ?)
(うん、バッチリ☆)
 彼らは『暗く沈んだ王都を明るくするため』と称してストリートライブを行っていた。既に数日目のため、噂を聞きつけた子供や親子連れが二人の回りに並んでいる。
「はぁい、それじゃGキュル君いっくよ~☆」
「アルシア、ボクガンバルヨ!」
 アルシアが腹話術を使いながら、人形にお手玉をさせたり、ジャンプをさせたりといったパフォーマンスをする度、子供達から歓声が上がる。それを確認してそっとディシクリートはその場を離れた。
(色々腑に落ちない点がある)
 浮かべていた薄笑いを消して、ディシクリートは冷静に状況を判断していた。
 ここ数日は酒場に立ち寄り、それとなく事件についての情報を探っているのだが、どれも憶測の域を出たものではない。
 ただ最新の情報として、モーリス辺境で起きた殺人の犯人が手配されたようだ、というものがあった。
 それ以外は特に進展がないねぇ……と言葉を濁す店主に礼を言うと、ディシクリートは再びアルシアの元に戻った。
 まだアルシアのパフォーマンスは続いている。
 ディシクリートは今度は子供を連れた親と、何気ない世間話をしていく。
「早く犯人が捕まってくれないと、安心して子供を外に出せなくて」
「実は、僕の連れも祖父が人間でしてねぇ。なんでも、人と神族の混血ばかり狙われているっていうんで、心配なんですよぉ」
「あら、あのお嬢さんがそうなの? 可愛いから、狙われたら大変ねぇ」
(……掛かった)
 相変わらず世間話を続けながら、ディシクリートは口元だけで笑った。弱いが、何者かの視線を感じる。一瞬それに混じった殺気に彼は気付いていた。
 この数日間、彼らが狙っていたのはまさにそれだ。
 アルシアが人間と神族の混血だという事をさりげなく広め、犯人に次のターゲットにさせる。
 それがアルシアとディシクリートの立てた作戦だった。
 目線だけでそれをアルシアに伝え、再びディシクリートはその場を後にした。

×××

 夕刻。既に日は落ち、路地裏は薄暗い影に包まれていた。
 荷物抱えたアルシアは、歩きながら何者かの視線を感じていた。
(あたし達が犯人を捕まえられれば)
 こつこつ。
(リートは魔性だから、魔性に対する目も少し緩んで)
 こつこつこつ。
(あたしが被害者だったら、秩序と法のみんなに対する目も少しは良くなるかもで)
 かつんっ!
 背後の人間が跳躍する気配と同時に、アルシアは振り向きざま天秤槍を振った。
 がきんっ!
 襲撃者の剣とアルシアの槍がぶつかり合う。
 そして、
「はぁい、そこまでね~」
 物陰に隠れていたディシクリートが、襲撃者の首筋に長剣を突きつけた。

×××

「さぁってとー♪」
 捕らえた襲撃者(まだ若い男だ)を前に、アルシアは嬉しそうに笑顔を浮かべた。
「ヲトメに手を出すからこーなるのよ♪……という訳で黒幕のことさっさとゲロしてね♪」
 笑いながら槍を構えるアルシアに、男は恐怖の表情を浮かべた。
「……っつー訳だからさぁ。さっさと言っちゃったほうがさ、キミも痛い目に遭わなくて済むと思うんだけど、どうかな~?」
 ディシクリートは相変わらずの笑顔だが、その色違いの瞳はちっとも笑っていなかった。答えない場合、アルシアよりも恐ろしい目に遭わされるのは間違いないだろう。
「ねぇ、キミさぁ。クラウスって知ってる?」
「……クラウス?オットー・アナハイムの弟って奴だろ? それが何か」
(ふーん、少なくともこいつは関係ないんだな)
 ディシクリートは、現場から発見された白い羽が偽装工作ではないかという疑いを持っていた。
 それと同時に、クラウスが何らかの形で関与しているのではと睨んでいたのだが。
「知らないならいいよ。でさぁ、素直に白状すれば、僕らが軍とかに掛け合ってキミの罪を軽減してもらうとかしてあげるから、白状しない?」
「誰が黒幕なの?」
 アルシアがずずいと槍を突きつける。
「……そ、それは……ゼ…ッ!!」
「!」
 男が口を開きかけた途端、背後から飛来した短剣が男の心臓を貫いていた。
 「……ふん、所詮下賤の人間など当てにはならんな。やはり全ては我らの手によって行われなければならない」
 市街の城壁の上、一人の男が立っていた。
 その背には輝く純白の翼。
 アルシアの手から槍がこぼれ落ちる。
 「ゼ……ファン……様?」
(こんなのって……こんなのって……)
 アルシアは目の前が真っ白になっていくような錯覚を覚えていた。
(さ……最悪……)

→To be continued...

キサナドゥの天秤 闇>光

■次回選択RA一覧
●01)討論会に参加、意見を述べる(立場を明記の事)
●02)指名手配犯を負う
●03)ゼファンをどうにかする
●04)○○に関わる(誰に関わるか明記)
●05)独自でやりたいことがある!

■PC一覧
LD2049 ラウシュ・ファーナスティカ
 16歳/女/神魔 (約束と純粋を司る神族)/タロック: 運命/ヴァート: 緑
----------------------------------------------------
LD2058 フィール・カスタム
 16歳/男/英雄/タロック: 愛/ヴァート: 藍
----------------------------------------------------
LD2065 アルシア・スファルド
 16歳/女/神族(秩序と法を司る神族)/タロック: 愛/ヴァート: 青
-----------------------------------------------------
LD2077 ジェイソン・エックス
 33歳/男/魔将/タロック: 勇気/ヴァート: 藍
-----------------------------------------------------
LD2132 エリス・アルジェント
 28歳/女/神魔(秩序と法を司る神族)/タロック: 真実/ヴァート: 紫
-----------------------------------------------------
LD2158 ディシクリート・アヴォイツェン
 28歳/男/神魔(裏切りと破滅を司る神族)/タロック: 真実/ヴァート: 藍
-----------------------------------------------------
LD2159 キバ・クロガネ
 14歳/男/神族(冥界と死を司る神族)/タロック: 希望/ヴァート:赤
------------------------------------------------------
LD2188 ルドゥファ・イルヴート
 17歳/男/英雄/タロック: 運命/ヴァート: 青

■NPC一覧
オットー・アナハイム(オリジナル)…モーリス官僚。魔性追放論の提言者。今回出番なし。28歳/男/【希望】
クラウス・アナハイム(オリジナル)…オットーの双子の弟。歴史学者。28歳/男/【愛】
ユミヤ・モーリス(D)…モーリス機動帝国第二皇女。大の魔性嫌い。17歳/女/【真実】
ジェイコブ・ザ・ギムレット(D)…健康オタクの魔性。かつて皇帝の剣術指南だった。53歳/男/【運命】
ゼファン・エラノス(A,E)…秩序と法を司る神族の族長。現在は魔性化している。20歳/男/【勇気】

■マスターより
 初めまして、あるいはお久しぶりです。Jシナリオ担当の氷月です。
 まずは、このシナリオを選んで下さいましてありがとうございます。果たして期待に添えているか甚だ不安ですが、お楽しみいただければ何よりです。
 思い切り色々と捏造しすぎたので、本編とは全く別物と思って読んでくださるといいと思います。
 伏線は色々と張ってありますので、怪しいと思ったらツッコミかけてみてください。
 それでは業務連絡をいくつか。

 ●冒頭に登場した少年や、事件現場に居た武官などはモブNPCなのでアクションで絡むことはできません。念のため。
 ●自分のPCが居ない場面の情報を元にアクションを掛けても構いません。が、あまりにも特定個人にしか関係ない情報を元にする場合はうまく理由をこじつけてください。
 ●次回アクションは多少ダブルアクション気味でも、ある程度はOKです。ただし指名手配犯(ジェイソンさん)と、ゼファンに同時に絡むのはできません。ゼファンに関わってから討論会に出る、ぐらいならOKですがどちらかに重点を置いてください。
 ●プロローグにレリクスが出張ってますが、彼女が直接シナリオに干渉することはありません。

 詰め込み過ぎて自分でもなんだか判らなくなってきました。
 とりあえず次回でもう終わりなので、悔いの残らないようアクションを掛けてくださいね。
 色々とアクションで展開が変わりましたので、下手すると唯一のバッドエンドシナリオになるかもしれませんのでよろしく!
 それではアクションお待ちしてます。